shizupika

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01・函館2

#6・319 0 

小説O&O#6「319」


 奥村。と呼び捨てするのは、この店では店長とこの中川ぐらいだ。年下ばかりの職場。アルバイトもほとんどが年下だ。みな律儀に「奥村さん」。
 中川は販売営業部にずっと属していると言う。短大卒で、同い年の二十六歳。この新店舗が出来て、もともと函館にあった小さな店舗から移ってきたのだ。

「あー、悪いんだけどセロテープ貸してくんない? そこのポップ、剥がれそうになってたんだわ」

「あ、そうなんだ。いいよ」

 中川が引き出しを開けている。客側から見えないようになっている、テーブルの引き出しを。

「ん」

 ギザギザの金属カッターがついたセロテープが差し出された。
 綺麗にしている手。長くても形を整え、ぴかぴかにしている爪。こういうところも陽子に似ている。
 セロテープを受け取った時に少し手が触れてしまったが、そのことについては何も言わないでおいた。
 中川の手は、あたたかかった。

「どうもね」

 礼を言って背中を向けたら、すぐに呼び止められた。
 あ、奥村? と。

 振り返れば中川がこちらを見ている。口紅やファンデーションが陳列し、モデルのポスターがべたべた貼られてある化粧品ブースから。
 客がいないと、店内の有線放送ばかりが目立って響く。

「……なに?」

「あー。あの」

 あのさあ。

 中川はぽってりした唇を少し、とがらせていた。困ったような表情で、長い髪を耳にかけている。視線が横にそれていく。

「……奥村さあ。眼鏡かコンタクト作りたいって言ってたじゃない?」

 眼鏡かコンタクト。

「あー、そうそう。やばいのさ。早めに作ろうと思ってんだわ」

 視力は良くない。
 運転免許を更新する際、とうとう検査に引っかかって眼鏡を買ったが、あまり使わなかった。鼻の根が疲れてしまうからどうも苦手なのだ。
 ずっと誤魔化して裸眼で過ごしていたのだが、最近どうも物の輪郭がぼやけ、はっきり見えなくなってきた。新たに購入した車の運転に支障がないといえば嘘になる。
 これはまずいと手持ちの眼鏡をかけたところ、すでに度が合わない。
 早めに、新しい眼鏡かコンタクトを買おうと思っていたのだ。

「あたし、コンタクト使ってるんどもさ? あたしの行ってる所、眼鏡も、もちろんコンタクトもやってるのね? で、知り合い紹介するとさ? その紹介された人、三千円割引になるっていうのね」

「三千円割引? おーマジで? いいじゃないの」

「紹介カード、あたしが書いたら奥村、欲しい?」

「やー欲しい。欲しい欲しい。当たり前じゃないの。くれ。安くなるなら何でも頂いておきますよ。くれ」

 中川がクッと笑う。

「じゃあ、こんど書いて持ってくるね」

「やー有難い。頼むわ」

 丸いセロテープを人差し指だけで持っていた。指でフラフープのように回そうとしたが、金具にひっかかってうまくいかない。

「ヒマだねぇ」

 中川が溜息をつかんばかりに呟く。店内をぐるりと見渡している。相変わらずレジでは、アルバイトの女の子がおしゃべりをしている。

「なのに店員は多いよね。アルバイトの子たち、早く帰しても良かったかもね。薬剤師の吉川さんと、うちら二人で今夜は余裕で足りたんじゃない? もう多分、閉店までこんな状態でしょ」と中川。

「まあなあ。シフト組んだあのオッサンのせいで今夜は赤字ですね。天誅だ天誅。赤字で本部に怒られてまえやオッサン」

 オッサン。とはつまり、店長のことだ。

「まあでもいつも通りのシフトなんだけどね? 実際、四時ぐらいまではまあまあ忙しかったでしょ。今日はねぇ、クリスマスイブだから。しょうがないよ」

「やだねぇ。今頃さあ、あちこちでイチャイチャやってんだよ? ご家族はご家族で仲むつまじく肉食ってんだよ? 店長なんてさあ。なんだよあのオッサン、自分はちゃっかり早番もぎ取りやがって。自分がシフト決めるもんだからさあ、あの人の思うがままだもの。もうあの人の奴隷よ俺ら」

 中川が苦笑した。

「いやいや小笠原店長は、忙しい時間帯の早番に就いてくれたんでしょ。まあ、ねぇ? そうは言っても小笠原店長はねぇ、調子いいから。しかもたまに天然だし」

 「小笠原」店長。

「なんであんなのが店長」

「いやあ。でも、あれでいて実は結構キレるじゃない? あの人の評判いいの、聞くよ? 講習とか行くと」

 そう。
 優秀な男だから、あの店長のもとに付けと言われてここに来たのだ。この函館に。

「……この前さあ」

「うん?」

「あのオッサン、彼女いないのかって俺に聞いてきたんだけどさあ」

「……うん」

「まあ、いないからしゃあないよね。正直に『いない』って言ったんだわ」

「ああ、うん」

「絶対あのオッサン、今日のことを計算に入れてたんだと思うわ。こざかしく。して、彼氏彼女のいない奴ば、ちゃっちゃとクリスマスのシフトに入れてまおうと思ってたに違いないね。人よさそうに、ポケーっとした顔しといてあの人、計算高いんだって。腹黒が」

 中川がアハハッ、と歯を見せた。

「やー。奥村それ、毎度のことながらちょっと言いすぎ。でもさ? あたしもそれ、そうなのかもと思っちゃった。だってあの人先月末に、中川ってどうなのとか聞いてきたんだよね。彼氏いるの? とか」

「あー、中川も?」

「やっぱり小笠原店長、クリスマスのシフトのこと考えてたのかもねー」

「わや腹黒いわあ」

 中川と顔を向き合わせて笑う。客がいないことをいいことに、仕事を忘れて喋る店員。
 この中川と一緒に店長の陰口をたたくのは、よくする。楽しい。
 だからといって店長が嫌いかといえばそうではない。むしろ逆だ。たまに厳しく、たまに調子のいい店長を、二人とも慕っている。

「クリスマスだから今夜は特別ヒマだけど。ここらの店なんて夜はこんなもんでしょうよ奥村。だいたいヒマでしょうよ」

 開店して三ヶ月にも満たない大型店舗。だけどここは、市街地からは少し離れた場所にある。

「まあそうだな」

 こくりと頷いたあとで、中川を見やる。
 少しきつい感じの目や、茶色く染めた長い髪を。

 見とれてはやばい。
 顔や姿はまったく違う。なのに、似ているなと思ってしまう。雰囲気がどことなく。

 どことなく雰囲気が似ている中川美菜。小笠原という名字の店長。
 滑稽すぎる。
 どこまでも小笠原陽子はついてくる。

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